LI06)偏歴(pian1li4)(へんれき)
【取穴】
前腕後外側、LI5)陽渓とLI11)曲池を結ぶ線上、手関節背面横紋の上方三寸。LI5)陽渓とLI11)曲池を結ぶ線上で、LI5)陽渓から1/4にある。
・筋肉:腕橈骨筋 Brachioradialis/長橈側手根伸筋腱 Extensor carpi radialis longus
・運動神経:橈骨神経 Radial nerve
・知覚神経:外側前腕皮神経 Lateral cutaneous nerve of forearm
・血管:橈側皮静脈 Cephalic vein
【名の由来】
「偏=逸れる」「歴=流れ」。本穴より別枝が本脈を逸れて、手太陰経に通じる事から。
【要穴】
『手陽明経絡穴/手首から三寸、別れて太陰に入る。その別枝は上りて腕を循り、肩髃に乗じ、上りて頬を曲がり歯に偏ず。その別枝は耳に入りて宗脈に合す』
『根結:手陽明之入』
【作用】
〔瀉〕開竅宣肺・疏筋活絡・通利陽明
【絡脈主治】表裏(手太陰経)にまたがる症状・手陽明絡脈の瘀血痰飲証
〔補〕歯がしみるなど
〔瀉〕難聴・下歯痛・横隔膜のつかえ・※水蠱・過敏性腸症候群など
※腹が次第に膨張し、動くと水の音がするもの。
【弁証主治】
・手陽明経(筋)病:項頚部痛・頚部の腫脹・肩背のひきつれ、上肢痛、マヒ、悪寒、炎症・第2指痛など
【弁証配穴】
『原絡配穴(肺⇒大腸):太淵+偏歴』…肺病
+商陽〔繆刺…反対側を瀉血〕…手陽明絡脈実証
【私見】1973年、中国湖南省の馬王堆漢墓から出土した紀元前200年頃のものと推定される多数の医書。その中の一つ、『陰陽十一脈灸経』と命名された資料には、『黄帝内経』以前の《脈》の流れが記されていた。それに拠れば、《手の陽明大腸経》に相当する経脈は、古くは《歯脈》と呼ばれていたようだ。この脈は「母指と示指の間に起こり、前腕を上り肘に入り、上腕を上って頬を貫き、歯に至り、鼻を挟む」と、流れとしては現在の大腸経とほぼ同じルートを辿る。もっと言えば手の陽明の絡脈の流れにそっくりだ。
この歯脈、その流れから考えて、由来は浅層の皮静脈─ 橈側皮静脈や外頚静脈からと思われる。LU07《列缺》の項でも述べたが、橈側皮静脈は洋の東西を問わず、頭部に対するアプローチの場であったようだ。そして血管壁への刺激は自律神経系を介して、胃腸へ効果を及ぼすこともあったはずだ。
さまざまな土地で自然発生した医術は、時代を経るごとにその経験が集約され、当時の身体観や哲学に基づき体系化されていく。実感としてあった「アタマとハラのつながり」は、数多の治験から歯脈と結びつき、『黄帝内経』の時代になって、手と頭と大腸をつなぐ《手の陽明大腸経》が完成した─ ということだろう。こう考えれば、なぜ大腸の脈が手を流れ、「大腸」経と云いながら胃腸の問題にあまり用いられないのか?という疑問にも答えが出る。
《手の陽明経》がつながる先は頭部・・・脳であり、脳への効果が自律神経を介して「脳─腸軸」に働きかける。胃腸への効果はあくまで波及効果であり、大腸経を用いて治療をおこなう時、目指すべきは「脳」なのだ。
検証:得気は第2、3指への痺れ感、「曲池」への軽い響き、加えて「三陽絡」への重麻感。本穴は手太陰経よりも手少陽経へと絡すか?
編:はりきゅう治療院 伍行庵
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